会長就任にあたり

この度、第4代のJSPS会長を拝命しましたエーザイ株式会社の吉永貴志と申します。就任にあたり一言ご挨拶申し上げます。

本研究会は2009年12月に発足し,今年で12年目を迎えました。当研究会webサイトにお示ししますように,「安全性薬理学の継承と革新を通じ,優れた医薬品の開発に貢献します」をミッションに掲げ,安全性薬理学の知識,技術開発,適用例などの情報共有や人材交流を行うことで新薬創出に貢献することを目指しています。

安全性薬理学は,薬理学,生理学,および毒性学のベストプラクティスを統合し,臨床と非臨床間の外挿性を追求する学問であると考えます。我々,安全性薬理研究者の責務は,臨床試験に参加される健康成人,そして患者様の安全を確保することです。この責務を果たすべく,会員の皆様と共に活動する内容として,学術年会のみならず,様々な情報・技術交流会を開催してきました。循環器系の取り組みとして,iSmart*1ではイオンチャネルデータとインシリコモデルを用いた催不整脈リスク予測の実施およびCiPA*2との議論を,ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた活動ではJiCSA*3との共同研究による催不整脈リスク分類法の提唱ならびにCiPAとの協働を行っています。また,J-ICET*4では非げっ歯類を用いたテレメトリー試験のヒトへの外挿性に関して有用な知見を明らかにしました。中枢神経系の取り組みとして,JESICE*5では技術・評価レベルの向上と研究者間・施設間の目合わせを目的に,げっ歯類を用いた代表薬物の一般症状観察および情動行動の評価について実習および座学を実施しました。

臨床と非臨床間の外挿そのものがチャレンジングな目標であり,まだまだ解決すべき課題が残されています。例えば,循環器系では,抗がん剤による中長期の心毒性の評価法やバイオマーカーが未確立であること,中枢神経系では,認知機能障害,自殺,聴覚障害の動物モデルの欠如や臨床の一般的な5つの有害事象である頭痛・吐き気・めまい・痛み・疲労がFOB試験では検出できないこと,呼吸器系では,ガイドラインの要件を満たす試験メニュー以外には複雑な評価が行われていないこと,コアバッテリー以外の臓器に対する高度レベルでの研究取り組みが未達であること,などが挙げられます。また,薬剤のモダリティーの観点からは,核酸医薬・高分子製剤・抗体医薬などの新規モダリティーに対する適切な評価法やエンドポイントの設定には更なるデータ蓄積が必要であること,データに基づいた科学的観点からの十分な議論が重要です。

今年度以降も,臨床と非臨床間の外挿を意識した活動に積極的に取り組みます。また,研究会からの情報発信のみならず,これまで以上にwebサイトを活用し,会員間での情報共有や議論を活発化するために「フォーラム」や「JSPSコミュニティー」を設置しました。第11回学術年会はCOVID-19感染症拡大の影響を避けるためにweb開催に変更しましたが,非常に多くの方にアクセスいただき活発な議論がなされました。この事実はwebが有効なツールであり,適正な機会を設定することで有益な情報共有や議論を行うことが可能であることを示唆しています。今後とも,積極的にJSPS webサイトをご利用いただければと思います。

新薬創出の難易度が高まり,また世界の経済状況の変化を受けたビジネスモデルの転換や公的機関からの研究費減少等により,安全性薬理学の領域に対する投資が縮小しています。このような背景から各組織,各人の研究活動の限界がより強く感じられる時代であるからこそ,本研究会のような団体活動の重要性が高まっていると考えます。産官学の協力体制の維持,学術レベルでの国際協働は欠かせません。会員の皆様には,引き続きご参画・ご協力をいただきますよう,よろしくお願い申し上げます。 

*1: Investigation of in silico/in vitro model for arrhythmogenic risk prediction
*2: Comprehensive in vitro proarrhythmia assay
*3: Japan iPS cardiac safety assessment
*4: Japan activity for improvement of cardiovascular evaluation by telemetry system
*5: Japan activity for encouragement, succession and improvement of CNS evaluation

2020年4月吉日
日本安全性薬理研究会 会長
エーザイ株式会社
高度バイオシグナル安全性評価部
吉永 貴志